2003.10.1 vol.1
 

1.はじめに

地球上には百数十の国があります。国域の消長を別にすれば数千年の時間を経た中国のような国から、独立後まもない東チモールのような国までありますが、いずれの国々も国民の多くは数百年前、あるいは数千年前から先祖代々その地域住民であったので、その風土に根差しています。日本も「日本国」と国号を名乗って以来1300年を経ており、政治家を始め多くの人が歴史や伝統の尊重を口にしますから、歴史尊重の建前を取る国と云えるでしょう。そこで「歴史」について考えてみたいと思います。

2.歴史のある文明と無い文明

インドは、世界4大文明の一つに数えられるインダス文明が発祥した土地で、独自の文字や数の観念を生み出しましたが、「歴史」は生み出しませんでした。インドで歴史が記述されるのは13世紀にイスラム教徒の国が成立してからで、詳しい歴史は19世紀にイギリスの植民地となってからです。インドに「歴史」という文化が生じなかったのは、特有な輪廻転生の思想の故です。これは生物には皆寿命があり、寿命が尽きると魂は抜け出し49日間「中有」にあった後、次の生物に生まれ変わるとの思想で、仏教の根本思想にこの観念がありますが、ヒンズー教も同様です。このため人間界だけの因果関係は成立せず、歴史叙述は無意味と考えられてきました。

イスラム教徒も、ヒンズー教徒とは異なりますが、歴史を尊重しない文化です。彼等にとってアラー(神)の意思が絶対で、時の一瞬一瞬は神の創造にかかるので、現在は過去に縛られるのではなく、まして未来は神の領域に属します。イスラム教徒が「イン・シャー・アッラー」(神の意志あれば)と口にするのはその理由で、人間同士が約束しても神の意思に反すれば履行不可能なのです。
アメリカ合衆国も、別の意味で歴史を尊重しない国と云えます。御承知のようにアメリカ合衆国は独立宣言以来アメリカ国民になる契約を結んだ人々の国ですから、現在の国民多数の意思が国家の意思となり、過去からの因果関係は無視されます。イラン・イラク戦争時のイラクやアルカイダへの支援と、9・11以後の対応を見れば明らかでしょう。

「歴史」という文明を独自に生み出したのは、中国文明と地中海文明だけです。中国では約2100年前に司馬遷が『史記』を記述して以来、歴代王朝は前代の歴史を編纂してきました。「古きを尋ねて新しきを知る」の語があるように、過去の歴史は現在・未来を映す鏡と考えられました。しかし、その根底にあるのは現在の王朝・皇帝(ないし現政権)の正当性の証明で、世界の変化の中に位置づけるものではありませんでした。(岡田英弘『歴史とはなにか』文春新書2001年)

3.歴史の概念

「歴史」とは、一定不変に進行する時間に従い人間の活動を文字で記述することです。時間の単位の取り方は人間集団や対象により異なります。今では年月日を単位として人間活動を把握することが一般的ですが、かつては「何王の時の事件」との表現が普通でした。さらに、事件と事件の間には因果関係が有るとの認識が重要です。事件を時間の経過に従い並べても「年表」になっても「歴史」記述にはなりません。

その意味で歴史の叙述は、紀元前5世紀にギリシャ人ヘロドトスが記述した『ヒストリアイ』に始まります。彼はヨーロッパとアジアに跨るペルシャ帝国の歴史を前480年にギリシャ軍に敗北するまで記述しましたが、その序文で「(1)世界は変化するもので、その変化を語るのが歴史。(2)世界の変化は政治勢力の対立抗争で起きる。(3)ヨーロッパとアジアは、永遠に対立する二つの勢力だ」と述べています。この「世界は変化し、変化には因果関係が有る」とする歴史認識が、彼を歴史の祖たらしめています。唯物史観をも含め、ヨーロッパで誕生した近代的な歴史学は皆この影響下にあります。

4.歴史に学ぶ

今日、テレビや新聞で数々の事件が報じられています。政治家の汚職事件等が明るみに出ると、識者は罰則の強化や構造改革を云々します。だが、事件は突発で起きるのではなく、それを許す土壌や原因が必ず存在します。因果関係によって構造的に生み出された事件だからです。当面を取り繕っただけでは、第2、第3の同様な事件が発生することは、これまでの汚職事件が如実に物語っています。
現代に起きている現象も何が原因か見極める必要があり、原因を革めなければ改革とはなりません。現代の事件と全く同じ事件は過去にありませんが、類似した社会あるいは経済情勢で起きた事例は有ります。その事例を参考にするか否かは、現代に生きる人々の問題です。

 
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